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電車の中吊り広告
2008.06.14(Sat)
週刊誌などの見出しは、やっぱり「買ってもらうために」興味を引く必要がある。

だから多少過激な表現になってしまうのは仕方ない事なのかも知れません。

けど…秋葉原の事件一連を「秋葉原にいる人間は全員オタク」みたいな前提が普通にまかり通っています。

猟奇的な事件が起これば、ゲームやアニメとの関連付けを真っ先に探す。
少しでも似ている表現があれば強引に結び付ける。

こういった行為は、「オタクを別人種として捉え、理解し難い行為は別人種であるオタクなんだから仕方ない」と、無理矢理納得させる事なんだと自分は思います。
人種差別の亜種だと思います。

日本が以前毛唐として外国人を毛嫌いしていたように、世界中で黒人差別があったように、今はオタク差別なんでしょう。

その根本は「理不尽な狂気がすぐ身近にあるという恐怖をなんとかして処理したい」って事なんじゃないかと。
ですがその実、内なる狂気は誰にでもある。
しかし、それを認めて抑制、発散する手段を知らないし、そもそも認めたくない。
そんな思いが差別に繋がるんでしょう。

差別は対象の全てを否定する行為です。
存在すら認めないというのは、脳内にて殺人をしているのと同義じゃないかと思います。

最近のメディアの発信と受信者の関係は、集団ヒステリーに近い狂気を感じます。
薄味に飽きてより濃く、過激で、分かりやすいテンプレートを求めてしまう。

表現とは、言葉とは、もっと繊細で個性的で多彩なものです。
けれども、そうであればある程、理解されるのに時間がかかる。

めんどくさがらないで、自分の言葉を探してください。
借り物の言葉と自分の言葉の違いを理解して欲しい。

「空気を読む」事も大事ですが、まずは他人や外の世界を知る事よりも、なにより自分を知る事からはじめてみたらどうでしょうか?

みなさんは、自分の事をどれだけ知ってますか?
どれだけ知った気になっていますか?
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